国内旅行は一人で気楽に行きます
国内旅行へ行くときは3泊4日ほどで大抵の場合は一人で出かけます。国内旅行といえども最初は一人で出かける事に戸惑いがありましたが今はすっかりなれて夫から離れて一人で考える時間や勝手気ままに歩き回る事ができるのでお互いに良いのではと思っています。国内旅行は言葉の心配が要りませんから本当にリフレッシュします。
大学を卒業して、就職で各地バラバラになってしまう友人と一緒に、卒業旅行に行ってきました。卒業旅行にしてはちょっと珍しいかもしれませんが、湯布院の旅館に温泉旅行です。温泉でゆっくりとし、おいしい料理を食べて…普段とは違う環境、共通の経験をすることで、さらに友情が深まりました。今でも良い思い出になっています。
壊滅的な被害を受けた岩手県大船渡市三陸町越喜来で、小学生たちが描いたふるさとの未来予想図が、全壊した給油所で展示されている。
描いたのは越喜来小の児童。42枚の絵には、ドーム屋根付きサッカー場など、将来の希望の風景が描かれている。中には、被災前の母校となる校舎や、身近なお店など思い出の場所もあり、児童たちのふるさとへの強い気持ちもにじみ出ている。
「子どもの発想を復興の参考にしたい」と地元で建設業を営む片山和一良さん(60)らが避難所での会合で発案し、越喜来小やボランティア、展示場所の提供者の協力を得て実現した。【石井諭】
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岩手県陸前高田市の東部にある、3分の1の世帯が流失・浸水した集落で、区長が作った全世帯分の名簿が住民の命をつないでいる。名簿を頭に入れた区長が避難を呼びかけて津波の犠牲者を防ぎ、直後や今は救援チームの案内や支援物資の配給に役立っている。個人情報保護の高まりで作成が難しくなっている住民名簿だが、その有効性を裏付けた。【林田七恵】
名簿を作っていたのは、同市広田町の集落「広田町9区」の藤原直美さん(69)。
藤原さんは区長になった04年「津波の多い土地なので、万が一に備えて必要だ」と考え、全145世帯に▽住所▽家族全員の名前▽生年月日▽勤め先−−をA4判用紙に書いてもらいファイルにとじた。
転入などの度に更新し、若者の名前も名簿を繰って覚え、全員の顔と名前が分かる。1人暮らしや寝たきりのお年寄りの家も頭に入っている。
震災当日、藤原さんは頭の中の名簿をめくっては「逃げろ」と声をかけて回った。お年寄りや障害者のいる家では立ち止まり、逃げ遅れないよう様子を確認。住民はみな、高台の住宅や公民館に避難できた。
名簿にあった住民のうち3人が亡くなったが、集落外の仕事先で被災した2人と、大津波警報の恐怖で自宅でショック死した高齢者で、津波による直接の犠牲は防いだ。
震災数日後、救援に訪れた保健師らに尋ねられた際は名簿があるので、寝たきりのお年寄りの人数や住所をすぐに漏れなく回答できた。
支援物資の要望を出す際も、例えば服なら年代や男女別に必要数が簡単にまとめられる。今も続く物資の配給でも、名簿を基に各戸で要る数が分かるので、住民を知らないボランティアにも任せやすい。
藤原さん宅は高台にあり被害を免れたが、生計を失った住民が多い漁師町の再生はこれからだ。
「この名簿が私の財産。これを元にゼロから頑張るつもりで立て直します」と話した。
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東日本大震災で被災した宮城県気仙沼市のカップルが5日、山口県宇部市であった新川市(しんかわいち)まつり(同まつり実行委主催)のイベント「うべ狐(きつね)の嫁入り行列」に参加し、市内の神社で公開結婚式を挙げた。
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ともに会社員の森谷(もりや)和幸さん(26)と糟谷(かすや)由佳さん(28)の2人。津波で森谷さん宅は全壊し、今は糟谷さん宅で暮らすが、母親ら親族は避難所住まい。今秋予定の結婚式を実現できるか不安な思いでいた。
4月に入り、現地で活動する宇部市の復旧支援ボランティアを通じて「嫁入り行事」の開催を知った森谷さんが、実行委に参加を打診。2人を呼ぶために実行委が募った寄付金(約120万円)にも支えられ、既に決まっていた地元カップル1組に加え、追加婚礼が実現した。
「嫁入り行列」は、町おこしにつなげようと始まり、今回で9回目。狐の婚礼と考えられていた狐火が付近の山にともると、豊作、大漁となったという江戸時代の伝承に基づく。狐の花嫁と花婿の化粧をした2人は、気仙沼などから駆けつけた親族が見守る中、大通りを人力車で行進した。
森谷さんは「前向きに、力を合わせて、明るい家庭を築きます」。糟谷さんは「2人一緒だから大丈夫」と話していた。【尾村洋介】
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